finalvent氏への応答

 元になったid:finalvent氏の記事は以下のリンク先。

 「こういう歴史もあるんですけどね」
 http://d.hatena.ne.jp/finalvent/20090418/1240012166

 まあ俺が最初に言いたかったことは、ブックマークコメントで書いたことに尽きるんだけど、追記で返信もいただいたことだし、こっちに移って真面目にコメントをする。

 今回の記事について、自分なりにfinalvent氏の論点を整理するとこうなる。

 このあたりの歴史は、ちょっと勇み足的にいうと、1945年に日本が戦前の日本から切り離されたことで、日本史の外部の事件とされている。


 日本史の外部の事件と「されている」とあるところから、finalvent氏自身はそう思っていないことがうかがえる。

現代の史学だと、どうしても日本というのについて、現在の日本の領域をなんとなく近代以前にフィードバックさせてそこからの拡張部分を侵略と見る。確かに侵略なんだけど、


 この部分では、先のパラグラフでfinalvent氏が歴史の通説に問いかけた疑問がより明確に示されている。歴史学が現在の日本の領域を過去に当てはめていることへの疑問であり、またそこからの拡張つまりは東アジアへの侵略を、「侵略」と見ていることに対する疑問である。そうでなければ、「だけど………」という逆接の接続語は出てこない。

 ここまでの部分で、finalvent氏の言いたいことは明確に思える。近代における日本の「侵略」に対する見解について、一般の歴史学とは違う見方を提起したいのだろう。

 だが、具体的にどのような見方を提起するかという点で、氏の記述は曖昧なものになる。例えば続く文章ではこうあるが、あまり明確な主張を提起しているとは思えない。

確かに侵略なんだけど、近代化という意味での日本を原点とする浸潤的な、滑らかな動きがあり、孫文だの新垣弓太郎などを生み出していく。そして、もうちょっと踏み出していうと、おそらくコミンテルン的なものも広義のアジア的な近代化でもあっただろうとは思う。


 おそらくは「日本の侵略」=「アジアの近代化」であり、その結果が孫文コミンテルンを生み出したと言いたいのだろう。ただ、これは歴史学の典型的な見方と言ってもいいもので、日本の帝国主義的な拡大路線が、朝鮮半島や中国のエリート層の近代化志向に一定の影響を与えたことは、常識である。

 さらに次の文章。

それらが、ある空隙にあったとき、これらの虐殺が起きているのだが。がというのは、ここが今の日本人ではわかりづらいのだけど、ここで虐殺された十数万人の人は、ある意味の広義と曖昧になるけどという限定で日本人でもあった。内地の日本人は、どうしても本土内とあと兵士の戦禍だけを考えがちだけど、広義に日本人化させらたところでその日本人は日本の空隙において虐殺されている。その意味がうまく確定できれば、沖縄戦というのもまた、内地日本の空隙によって生じた同種の虐殺事件であるかなとは思う。


 ここでは、「それらが、ある空隙にあったとき」とある。文脈から考えて、これは「日本の侵略、即ちアジアの近代化が空隙にあったとき」と読み替えて構わないだろう。finalvent氏はこの空隙において、済州島4.3事件における虐殺が起きていると述べ、「広義に日本人化させらたところでその日本人は日本の空隙において虐殺されている」と続けている。
 この部分は通説への疑問たり得ている。朝鮮半島や台湾が日本の「侵略」による「植民地」状態から解放され、独立国としての歴史を始めたことは、歴史における一般的な見方だと思うが、この文章はそうした通説と違う見方を提起しているからだ。
 そのことを示すのが、「空隙」という単語。空隙とはスキマであり、その言葉としての定義から、「連続」の中に「空いている」ことは明らかだろう。
 だとするとfinalvent氏は、日本の敗戦後に解放された朝鮮半島満州などの歴史が、連続する日本史の一部であると言っていることになる。少なくとも俺にはそう思える。

 ただ、こうした視点を間違いとは言い切れない。実際、諸外国との関係を抜いた一国史など有り得ないのであり、東アジアの例えば朝鮮史は日本史とつながっているし、日本史は中国史と密接に関係している。これも歴史学では常識の見方である。その意味で済州島の事件は日本史の一部であり、また日本史も韓国史、台湾史の一部で有り得る。

 だが、finalvent氏が例として挙げている韓国・台湾の事件を、日本の「空隙」における事件と表現するのが適当だとは思わない。こうした表現は、東アジアの各国史を日本史の中に取り込むような意味合いを持っている(と、俺は思う)。韓国や台湾の歴史と日本の歴史を密接な関係の下に見る視点と、「日本史の一部」として見る視点は、似ているようで全く異なるものであり、また後者の視点が帝国主義的認識に基づいていることは指摘する必要がある。

 finalvent氏は最後に、

まあ、この考えは、いわゆるウヨサヨにもなじまないし(というかウヨサヨは結局責める方向が違うだけの同種のナショナリストでしかない)、おそらくそういう感性でこの広義の日本を見る人はいないのかもしれない。という以前に、「広義の日本」なんて「侵略だろ」で終わりにされてしまう。それはそうなんだが、では、新垣弓太郎とかいう人間タイプをどう考えるかとは問われない。表面的な方向性は違うけど、洪思翊もそうした一人かもしれない。


 と、締めくくっている。

 俺は、「いわゆるウヨサヨになじまない」ことをfinalvent氏が言っているとは思わない。何度か述べたように、finalvent氏はある意味で当たり前のことを言っているからだ。

 改めてまとめよう。

 ?日本の帝国主義的拡張路線が東アジアの近代化に影響を与えた。
 ⇒当たり前である。と言うか世界史における近代化はそんなものだ。日本の近代化にはアメリカが影響を与えたのだし、アメリカには西欧諸国が影響を与えた。西欧諸国の近代化だって相互に影響を与えた上での結果だ。

 ?済州島4.3事件や台湾2.28事件は日本史と無関係ではない。
 ⇒当たり前である。東アジアの近代史において、相互に関係しない一国史はない。ただし「空隙」という表現は誤解を招くものであろう。

 つまり、finalvent氏はこの記事において、別に一般的な歴史学と大きく異なる見方を提示しているわけではない。植民地時代の朝鮮民族が「広義の日本人」に「させられていた」ことも常識中の常識。と、言うかそれこそが「植民地化」であり「侵略」である。

 だとしたら、なぜfinalvent氏は、

 「歴史学は日本の拡張を侵略と見る。確かにそうなんだけど……」
 「広義の日本なんて侵略だろで終わり。それはそうなんだが……」

 と、違う意見がありそうなことをほのめかしているのか。俺にはそれが疑問だった。しかも「歴史学は……」の文章の前段には、「現在の日本の領域をフィードバックさせて」と、過去の日本は今と違う領域を持っていたかのように書いているし、「侵略だろ……」の文章の次には、「では新垣や洪をどう考えるのか」と続けている。

 つまり、finalvent氏が提起する一般的な歴史学への異見とは、つまるところ「侵略」の歴史や「広義の日本人=例えば植民地における朝鮮人」という存在をどのように解釈するのかという問題についての異見ではないか。俺はそう思った。また彼が「空隙」という、文脈上誤解を招きそうな表現を使った真意も、あるいはその辺りにあるのかもしれない。

 だがその「異見」がどういうものか分からなかったので、俺はブクマコメにこう書いた。



 mstil 歴史認識, はてな 「広義の日本」なんて普通に「侵略」だろ(finalventさん自身も認めているように)。植民地にされた国で宗主国に同化しようとする人間が出てくる傾向は、近代における侵略の歴史では常識。言葉で繕うのやめようよ。





 ありがたいことに、finalvent氏は追記で以下のようなコメントをくれた。

 「植民地にされた国」、その考えは、実は、侵略する/侵略されるの前提にその二項の実体として国家を措定していることになるのだけど、そうした国家は実は近代化のプロセスのなかで相互に生成されたものなのですよ。ちょっと極論すると、スペインの帝国侵略がなければフィリピンは存在しなかった。島が近いだけで諸島の国家はできないし、まして島を越えた王朝といった民族史もないし、これは陸続きのアジアでも同じで、領域性からは民族・国家は同定できない。そして、たとえば中国を例にするとこの近代国家を生み出したのは近代日本であり、少し勇み足になるけど、近代化のプロセスで日本が中国を生み出したのですよ(中国四千年とか、清国とかいうのはその後付けの民族的幻想史)。
 あと、「宗主国に同化しようとする人間が出てくる」と超歴史的にいうけど、この虐殺の歴史のなかで、殺された人たちは自身をどう規定していただろうか。彼らを「宗主国に同化しようとする人間」として外化することは、実はこの虐殺史に、今の日本という国家幻想の身勝手な免罪でしかない。私の父までの日本人にしてみると、彼らも日本人だったが、なにもできない痛みがあった。
 mstilさん的な言い方をするなら、近代日本のアンチテーゼとして措定されるような実質は転倒されたナショナリズムを元にして民衆を国家の所属させるような知の営みをやめようよ。


 この追記から、finalvent氏の考えをさらに詳しく知ることが出来たと思う。この追記に対する俺の返信は、以下のようになるだろう。

 侵略する/侵略されるの前提にその二項の実体として国家を措定していることになるのだけど、そうした国家は実は近代化のプロセスのなかで相互に生成されたものなのですよ。

 ⇒その通り。だけどこのことは、「植民地にした国」と「された国」の二項関係における「支配-被支配」と「加害-被加害」の問題を無化する類の歴史的事実として解釈されてはならないだろう(もちろん単なる確認であり、finalvent氏がそのような主張をしているとは言っていない。念のため)。

 ちょっと極論すると、スペインの帝国侵略がなければフィリピンは存在しなかった。……領域性からは民族・国家は同定できない。そして、たとえば中国を例にするとこの近代国家を生み出したのは近代日本であり、少し勇み足になるけど、近代化のプロセスで日本が中国を生み出したのですよ(中国四千年とか、清国とかいうのはその後付けの民族的幻想史)。

 finalvent氏の「一般の歴史学と違う見方」が、わりと如実に出ていることがうかがえる部分である。領域と民族と国家は一致せず、また現代中国は日本が生み出したと言っている。間違いとは言い切れないのだが、そうなると日本はアメリカが生み出したのだとも言えるし、近代国家の前に存在した歴史的背景を持つ政治的・民族的共同体の重みを無視した言い方だろう。
 その意味で、finalvent氏のこの文はまさに「勇み足」である。領域性から民族・国家を同定できないという議論は、東アジアにおいては、限定された有効性しか持たない。日本は近代以前から、少なくとも本州に限って言えば非常に強固な同質性を持っていたし、朝鮮半島もそうだ。また日本、朝鮮と比べてはるかに多様な民族が存在する中国においても、例えば漢民族が「現在の中国の領域」で積み重ねてきた歴史は、領域と民族をかなりな程度、同定するのに十分なものである。そうした観点から見ると、finalvent氏の言う、日本が中国を生み出したなどと言う議論は、論じるに値しない水準のものだ。

 あと、「宗主国に同化しようとする人間が出てくる」と超歴史的にいうけど、この虐殺の歴史のなかで、殺された人たちは自身をどう規定していただろうか。彼らを「宗主国に同化しようとする人間」として外化することは、実はこの虐殺史に、今の日本という国家幻想の身勝手な免罪でしかない。私の父までの日本人にしてみると、彼らも日本人だったが、なにもできない痛みがあった。

 この部分における、「殺された人たちは自身をどう規定していただろうか」という問いへの答えは、もちろん、「殺された人たちにしか分からない」である。
 ただ俺の見解を言うなら、解放された後も「自身を日本人と考えていた朝鮮人」もいただろうが、大多数の朝鮮人は、「日本人という強制的な同質化から解き放たれ、自身を朝鮮人と考えていた」のだろうと思う。その程度のことは、解放後の朝鮮における民族的機運の高まりを見れば分かることだ。
 よって、finalvent氏の「父までの日本人にしてみると、彼らも日本人だったが、なにもできない痛みがあった」という日本人の感情は、ある意味で(植民地支配から解放された韓国・台湾の歴史を「空隙」と表現するような)帝国主義的な意識の残滓と言える。

 こうして見ていくと、finalvent氏の言いたいことは結局のところ、

 「日本の帝国主義的拡張を侵略などと一口で言うことはできない。それはアジアを近代化したプロセスだし、中国も朝鮮もある意味で日本が生み出した。それに植民地化された領域の人々は広義の日本人であり、解放された後の朝鮮人も韓国人も、ある意味で日本人と言える。だから日本人は済州島などの虐殺史を、他人事の歴史として考えることは出来ない」

 ということに尽きるだろう。

 さて、(あくまでこの推測が正しいとしてだが)俺はfinalvent氏のこうした主張を全否定しようとは思わないし、正しい側面もあると思う。
 ただし、俺が氏の主張に理解を示すのはあくまで「限定を付けた」範囲までである。
 先述したように中国や韓国を日本が生み出したなどと言う議論は与太話にしか思えないし、また大多数の朝鮮人・中国人・台湾人にとって、日本の侵略は「侵略」でしかなかったろう。「自己を日本人として規定した」植民地下の人々は確かに存在したろうが、その姿が(finalvent氏の父上のような)日本人の目にどう映っていたとしても、やはり彼らは日本の支配からの解放を願っていただろう。例え洪思翊にfinalvent氏がどのような思い入れを持っていたとしても、植民地時代を生きた朝鮮人の大多数が解放を願い、日本の敗戦を契機に解放されたときに歓喜して自己のアイデンティティと独立国家の建設に立ち上がったのは否定しがたい事実である。

 要するに、finalvent氏の見方は確かに興味深い側面を持つが、そうした見方は、従来の「侵略」や「植民地化」といった、一般的な歴史学の見方を覆すものにはならないということだ。歴史の見直しは常に行われるべきだが、見直しが常に正しいとは限らない。今回のfinalvent氏の記事において、何度か「通説」への懐疑的な見方を提起しようとしたものの、結局のところ踏み込んだ主張にはなっておらず、ほのめかしの水準でとどまっていることは、はからずも氏自身が通説に挑むだけの確信を持っていないことの証明であるように思える。


 最後に付け加えておくと、俺はこの記事において、finalvent氏の真意を自分なりに推測した。しまくったと言ってもいい。ただしfinalvent氏は、他人に自分の「思ってもいない真意」を「決めつけられる」ことが嫌いなようだ。俺も確かに、他人の思惑を勝手に決めつけることはよくないと思う。だが決めつけと推測は全く別物であり、人には他者の意見を解釈する自由がある。そのことはfinalvent氏自身が立証してもいる。

 「大日本帝国を支持していた洪思翊」といわれて、洪氏は許すだろうと思う。そして同じ理由で、私も許すだろうと思う。なにより、私は、洪氏がこの世に最後に残した言葉を知っているから。

 この文章で、まさに氏は(洪氏本人にしか分からないはずの)洪氏の心情を推測しているわけだ(しかも最後にこの世に残した言葉という、いささか叙情的な判断材料を重視した上で)。だが洪氏の心情を決めつけてはいない。俺もfinalvent氏の心情を決めつけようとは思わない。俺の推測と判断が間違っていると思われるなら、喜んで氏のご批判を待つ。